【ネタバレ】深読みすぎる「天気の子」。狂った世界と新海誠のアンチテーゼ

あの日、私たちは世界の形を決定的に変えてしまったんだ。

7月19日に公開された「天気の子」、もうじき1ヵ月経ちますが、ご覧になられましたか?

 

映画『天気の子』全国映画館にて公開中
原作・脚本・監督:新海誠
音楽:RADWIMPS
声の出演:醍醐虎汰朗 森七菜 本田翼 倍賞千恵子 小栗旬
キャラクターデザイン:田中将賀
作画監督:田村篤
美術監督:滝口比呂志
製作:「天気の子」製作委員会
制作プロデュース:STORY inc.
制作:コミックス・ウェーブ・フィルム
配給:東宝
公式サイト:https://www.tenkinoko.com/
(C)2019「天気の子」製作委員会

「君の名は。」がめちゃくちゃ自分の中でも大ヒットだったので、今回も楽しみにしてました。

 

「賛否両論、意見が分かれる映画だ」と新海誠監督も公開前のインタビューで言われていたそうですが、その通りでしょうね。

 

どうも興行収入では、8月4日の時点で59億円をマーク。

君の名は。を超えるペースのようです。

 

個人的には大賛成で、超楽しめたし、人にも激しく推したい映画になりました。

 

「君の名は。」が三葉と瀧くん、主役二人の変化や心情が描かれていましたが、今回は主役を囲む脇役も個性的で、劇中で変化していく様もあり、より何度も観たくなりましたね。

 

今回の物語はあらゆる意味でアンチテーゼな作品だと思っています。

 

そして、特に興味深いところは、古事記というか日本の神様との微妙にリンクした構造です。

新海誠監督は、文学部で国文学を専攻されてたそう。

東洋の伝説の生き物でもあり、神ともされる「龍」を映画の中の色んな箇所に散りばめてたのも、そういったところを伝えたかったのかもしれませんよね。

 

それでは、ネタバレも含めて深読みしていきます。

以降、ネタバレあります。

 

目次

古き良き時代はすでに消失してしまった世界

君の名は。が彗星が落ちるまでの、ほのぼのとした日常があったのに対して、天気の子では、若者が孤立した息苦しい世界が描かれています。

 

家族が家族として機能していて、それを構成する一人一人も家族とのつながりのなかで個人の希望を抱いていた時代はすでに消えてしまっています。

 

機能を失った本当の家族と心休まる疑似家族

今回、島から家出をして東京に出てきた帆高ですが、最後の最後まで、その親は出てくることがありませんでした。

 

母親を看取った陽菜にしても、その父親や親せき家族が話の中で出てくることもない。

困ったときに助け合うという家族機能がすでに失われている世界になっています。

 

日本の現実でも、所得は上がっていないが物価は高くなり、核家族で共働きの世帯が増えています。

 

家族間のコミュニケーション自体が少なくなり、悩み事を親に打ち明けることもない。

親も子どもの話に耳を傾ける余裕がない。

 

高層マンションに住む子どもが、雨の中に小さな魚を見つけて、お母さんに話すも、お母さんは料理に集中していて子どもの声を聴こうとしない様子がありましたよね。

 

そのあとに、シーンが写る前に男子中学生たちのセリフが、食い気味で入ってきます。

「バカヤロー」と。

 

シーンが変わってしまえば男子中学生同士の何気ない会話なんですけど、最初、あのお母さんのことを言っているのかとも思わされました。

時代背景などを考えると、メッセージ性ありそうですね。

 

物語の中の2つの疑似家族

島から東京に出てきて、ネカフェで泊まりこんで職を探す帆高。

職探しは上手くいかずに拳銃を拾ったり、マックで陽菜と出会ったりするわけですが、その後、船の上で出会っていた須賀の事務所に転がりこむことになります。

 

須賀、夏美、帆高の疑似家族

取材をしたり、料理をしてみんなで食卓を囲んだり、買い物から一緒に帰るところ。

須賀と夏美と帆高の3人で暮らす様子。

 

帆高が住む場所と食い扶持、一緒に暮らす人を見つけた安心感もあったはず。

雨が続く天気と同じくどんよりとした物語の中で、初めて光が差し込むようなテンションが上がる瞬間でした。

 

帆高、陽菜、凪の疑似家族

その後、帆高と陽菜が晴れ女を仕事として始め、陽菜の弟、凪と一緒に活動していく様子。

 

帆高は、銃を所持して発砲したため、お尋ね者になっており警察から追われる身。

陽菜は陽菜で、弟と二人で暮らしていることを児童相談所の職員に見つかり保護される状況。

3人で見つからないように逃げ出すことに。

 

弟との生活を守るために必死に大人になろうとする陽菜と、陽菜に純粋に心を寄せる帆高。

そして、幼い割に大人びた凪の3人の疑似家族が描かれていきます。

 

今までの物語と世界へのアンチテーゼ

今回、新海誠監督が描きたかった最大のシーンは、犠牲によって救われる世界を否定したところではないでしょうか?

 

誰かの犠牲の上に救われる世界

ヒーロー(主人公)が犠牲になったり、誰かを犠牲にする選択をしない。

 

「世界」と一括りにされる絶対的に多数なるものを救うために、自分の大切な人や自分の想いを捨てないってことです。

 

それによって、止まない雨が続き、東京が水に沈んでしまったとしても、自分の想いを貫くところ。

 

これは、ヒーローがどこかで必死に頑張るなど、たった1人の献身によって世界が救われるという今までの物語へのアンチテーゼともとれます。

 

僕は、この今までの物語を否定した感覚がとても現代風だとも思うし、世界がより良くなるのに必須の考え方でもあると感じています。

 

というのも、ヒーロー(数名の主人公)の犠牲によって世界が救われるという物語では、どこかの誰かが自分の世界を救ってくれるという他力本願的な思想の根っこにつながるからです。

 

「一人のヒーローの出現によってなんとかなる」というのは幻想でもあり、他者への依存を助長し、個人の力を奪うきっかけにもなります。

 

一人一人が自分と世界(自分の生活圏とそれに出現する他者)と真正面から向き合う必要性が暗示されているのではないでしょうか?

 

大人になるコトは本音を飲み込むコト、犠牲を強いられる歪な社会

帆高が銃器所持で指名手配され、須賀の事務所に警察が訪ねてきた後、須賀が帆高にこう言います。

「もう大人になれよ、少年」。

 

大人になるって何なんでしょうか?

劇中であれば、帆高は家出の理由を飲み込んで、陽菜との出会いやその想いにも蓋をして実家に帰るという選択でしょう。

 

それは、自分の言いたいことを言わずに我慢して、やりたいことをやらずに我慢する。

出来上がった仕組みを壊さないように、周りに氣をつかって自分の想いに蓋をする。

 

心を少しずつ削りながら、妥協の末に出来上がった歪な形を守る。

それが、「大人になる」という意味かとも思えます。

 

その結果として出来上がった世界は、本来の在り方から外れてしまった世界。

狂ってしまった世界なのかもしれません。

 

本音で生きることが難しく、誰かが犠牲を強いられる世界。

自分の気持ちに素直に生きることで、崩れてしまうのならば、そんな世界は崩れて、新しい世界が出来上がるのも良い。

 

そんな状況を反映するかのように天気も崩れ、東京では延々と雨が降り続きます。

 

天気の巫女と人柱、天野陽菜

入院中の母親の病室から、雨の中日が照っている場所を見つけ、廃ビルの屋上の鳥居で天と繋がる能力を得てしまった陽菜。

 

初めて鳥居をくぐって見た景色は、白い龍や水の魚がうごめている空の上の草原のような場所でした。

 

神話に出てくる高天原のイメージにも重なりますね。

雨が降り続く中、陽菜が祈ることで、雲を退け、晴れにすることができます。

 

天とつながる巫女として、陽菜が空の世界に召すことで、長く降り続いた雨が止むシーンも描かれています。

 

陽菜は100%の晴れ女として、雨が続く世界で晴れを願いますが、今までの歴史の中では雨乞いの方がポピュラーだと思います。

日照りや干ばつなど作物が育たず、飢饉によって人が苦しむ方が多かったでしょう。

 

ですが、ここでも今までの世界へのアンチテーゼとして、雨が続く世界で晴れを願う、晴れ乞いをする存在として天気の巫女が描かれています。

本来、天気の巫女は雨を願うことが多いはずですが、狂った世界では晴れを願うしかないわけです。

 

チョーカーは人柱、人身御供としての暗示

母親が亡くなってから陽菜が首にチョーカーをしていますが、このチョーカーが役割の暗示を上手く示しています。

チョーカーというのは首輪です。

 

能力を得てしまったが故に、決められた役割を与えられ、自由を失う。

「それが定め」ってやつですね。

人柱として捧げられて、天候を鎮める運命も見え隠れします。

 

最後のシーンで帆高が陽菜を空に迎えにいき、廃墟の鳥居で、現世に戻ってきたときに陽菜のチョーカーは壊れて外れていますよね。

 

これは、天気の巫女という役割からの解放を示しており、能力を失った暗示でもあります。

 

チョーカーから指輪へ

あと、帆高は陽菜に指輪をプレゼントしましたよね。

指輪は指輪で意味があります。

 

結婚指輪にみられるように、指輪は契約を意味するものなので、制約であることには変わりません。

 

が、しかし、首ではなく指にするものなので、チョーカーより制約の意味は弱く、「自分の意志で従うモノを選ぶ」という自由意志が反映されているとも思えますね。

 

これは、余談ですが、薬指は唯一、自律神経支配の指という説もあります。

つまり、意識よりも無意識の動きを反映する指。

情緒を司る意味もあるので、それを支配(コントロール)するために婚約するときは、薬指に指輪をはめることになったとする話です。

 

天照大御神と瀬織津姫

陽菜が祈って、雨雲が晴れて光が拡がっていくシーンは本当に感動的です。

今回、龍のアイコンが至るところで使われていますし、神社の神主さんの話もあり、どうしても神話とのつながりを考えてしまいます。

 

太陽神といえば、古事記でいうところの天照大御神(アマテラスオオミカミ)です。

アマテラスは女性神でもあるので、陽菜はドンピシャ。

天照大御神 岩戸開き

ただ、天気の子は、空の世界で動いている龍の様子や雨、水が多く描かれている映画なので、水の神様も意識しちゃいますよね。

水の神様として、瀬織津姫という女性神がいます。

瀬織津姫(せおりつひめ)は、神道の大祓詞に登場する神である。瀬織津比咩・瀬織津比売・瀬織津媛とも表記される。古事記・日本書紀には記されていない神名である。

瀬織津姫@wiki

古事記には、出てきませんし、神社の中には、瀬織津姫を祀っていた神社が後に違う祭神になっている神社もあります。

古事記を編纂されるときに、消された神様かもしれません。

 

飛鳥、奈良時代に律令が敷かれて大和朝廷ができ、その体制を強固にするために土着の神話が改ざんされて古事記が作られ、それを流布した可能性も高いでしょう。

善悪の話ではなく、当時は、中国(支那)の勢力に対して、日本も国としてまとまり、力をつけねばならない状況もあったので、それは効果的だったのだと思います。

 

瀬織津姫はそれ以前に、そのときの体制に従わなかった部族が信仰していた神様なのかもしれません。

 

瀬織津姫神社祀社全国分布図

以前、僕も瀬織津姫を調べていた時期があり、その当時こちらの全国分布図を参照させていただいてました。

・瀬織津姫神社祀社全国分布図 風琳堂編集室

 

龍のアイコンの使われどころ

劇中では、空の世界の龍だけではなく、龍のマークが色んな所で使われていました。

覚えているだけでも、3つはありました。

 

龍のマークの使われどころ

  • 帆高の採用が決まったときに須賀が投げた缶ビールのパッケージ。
  • 指名手配された帆高に須賀が退職金と一緒に渡そうとした帽子。
  • 雑居ビルの看板

 

他にもあれば、コメントなどで教えてもらえると嬉しいです。

龍と神話に関して深読み過ぎる内容は最後にも残しています。

 

ちなみに「AKIRA」というスナックの看板もありましたね。

 

世界を壊す選択をする少年 森嶋帆高

「天気なんて ――――― 狂ったままでいいんだ!」

 

と、雨が降り続ける世界ではなく、自分の最愛の人を救う決断をする帆高。

これは、救世主の物語への完全なアンチテーゼです。

 

より多くの命や可能性を含む世界よりも、自分の最愛の人という1人の命を選びます。

 

それによって、世界が完全に壊れてなくなるわけではありませんが、3年以上雨が続き東京が水没。

その選択によって、完全に世界の形を変えてしまうわけです。

 

神話の終焉と大衆へのメッセージ

劇中でも世界の形を変えてしまったわけですが、この映画は今までの物語世界観を破壊し、形を変えてしまったのかもしれません。

 

多くの物語では、主人公や誰かの犠牲によって、世界が救われて物語が終わります。

それは、美談として語られ、犠牲になった人は英雄として、または神として祀られます。

 

ですが、特殊能力を持つ誰かの犠牲や、たった1人の命をかけた努力によって救われる社会というのは構造的な欠陥を抱えているわけです。

 

既存の物語では描かれることはありませんが、その欠陥から目を反らし暗黙の了解として、ヒーローや犠牲に敬意を払うふりをしながら、安穏と暮らす大衆が存在します。

 

本来は名前を持ち個性があり、自分の考えを持ちながらも、集団になれば埋没して、流されてしまう個人へのメッセージかもしれません。

 

決断に迫られたとき、あなたは何を選択するのか?

それを、問いかけられる映画ですよね。

 

帆高の名前を深読み、地上でもっとも空に近い存在?

映画を観たとき、てっきり「穂高」だと思ったんですが、帆高でしたね。

 

風を受けて進む帆船が、天候に左右されるように、周りの環境に右往左往させられながら進んでいく帆高。

フェリーの海のシーンもあるので、しっくりきます。

 

ただ、「ほだか」、という名前は他の漢字が当てられることもあります。

その中には、「穂高」という漢字があります。

 

正確な語源かどうかは分かりませんが、穂高岳(ほだかだけ)という山があります。

日本で3番目に高い山で標高3,190m。

標高3,776メートルの富士山、標高3,193メートルの北岳(きただけ)に続く第3位です。

 

空の世界に行ってしまった陽菜を、地上で空に近い存在であるほだか(山)が、がむしゃらに手を伸ばして助けようとするシーン。

そういう目線で見ると、メタファーとしても素敵ですよね。

 

神と繋がる女性・陽菜と審神者する男性・帆高

古来から、神と繋がるのは女性です。

「君の名は。」で神にささげる口神酒を奉納するのは、巫女の役目でした。

巫女は処女性も大切にされていたので、陽菜が18歳ではなく、15歳だったことも意味があるでしょう。

 

卑弥呼の時代は、卑弥呼が神からの託宣を受けて、それによって弟が政(まつりごと)をする体制でした。

神とつながる女性とその力を現実的に、コミュニティのために役立てる男性、審神者です。

 

審神者(さにわ)とは神からの託宣を現実ベースで解釈して、伝える人のことを言います。

 

陽菜が天気の巫女として力を得て、それを使って晴れ女ビジネスを思いつく帆高。

これは、完全に神とつながり神託を受ける巫女(シャーマン)と、その神託を解釈して効果的に使う審神者の関係になっています。

 

純粋さと現実の間で葛藤を抱える 須賀圭介

須賀という名字でピンと来た人は古事記や日本の神様通でしょう。

 

前作の「君の名は。」の最後の名シーン、聖地巡礼になった階段は、須賀神社へ上る階段でした。

 

須賀神社は、全国にありますが、祀られているご祭神は須佐之男命(スサノオノミコト)。

スサノオノミコト

 

会いたい人に焦がれる想いと生贄の解除

スサノオノミコトは、高天原で乱暴狼藉を働いたこともあれば、亡くなった母であるイザナミに会いたいと黄泉の国(根の国、死者の国)に向かおうとし、罰として父であるイザナギから天下りを命じられた神でもあります。

 

この神様の物語と、退廃的な日常を過ごしながらも、死んだ奥さん、愛する人への想いと純粋な氣持ちを心の中に抱えた須賀はシンクロします。

 

そして、須賀は現実を突きつけられ、体制に従う大人であることを選び、帆高の説得を試みます。

が、帆高の悲痛な心からの叫び、「もう一度、あの人に会いたいんだ」という言葉に、心を動かされ、拘束される帆高を助けますね。

 

帆高の叫びは、須賀自身がずっと口に出したくても出せなかった言葉であり、代弁者としての帆高を守る形が見えます。

 

その結果、屋上の鳥居までたどり着いた帆高は、空の上で陽菜と出会い、陽菜を人柱から救い、雨が止む世界を変えてしまいます。

 

神話でスサノオノミコトは、出雲に降りた後、生贄となる予定だったクシナダヒメと出会います。

その後、怪物ヤマタノオロチを退治し、クシナダヒメを救い生贄の習慣をも、なくすわけです。

 

須賀の行動が、人柱、生贄を助けることにつながっていたのもグッときますね。

 

男は本音が言いづらい、本音を言って傷つき、そして癒される

天気の子で見どころなのは男たちが傷つき、そして癒される瞬間です。

 

生傷が絶えず精神的にも傷めつけられる帆高

今回、主人公の帆高は何かと損な役回りです。

というのも、生傷が絶えないんですよね。

 

登場シーンである船の上から、両頬と鼻に絆創膏。

(小説では、父親から殴られたということが書かれています)

 

ネカフェで職探ししているときに傷が治るも、今度は陽菜を助けようと勘違いして不良な男に馬乗りになられます。

そこで、左頬をビンタではたかれ、右頬はグーで殴られる。

(だからといって発砲してはダメですが、、、)

 

さらに、天気の巫女として人柱になった陽菜に会いに行こうと、廃ビルに向かうとき。

線路に入ろうとし、鉄条網で左頬を切って血が流れます。

 

そして、廃ビルで警察に囲まれた後は、因縁の高木刑事にグーで殴られる。

本当に生傷が絶えない主人公です。

 

また、陽菜が人柱になった後、ラブホテルで警察に保護された後、刑事に訳を話しても、あきれられ、精神鑑定にまで話が及びます。

 

自分の感じたこと、思っていることを素直に言う。

それが、社会の価値観と相いれない場合は異物として処理される。

 

理解されない帆高の心理的な苦しみも感じますよね。

 

歪ながらも強固な社会システムと、自分の感覚や想いが相いれないとき、それを貫こうとすると傷つけられるわけです。

 

帆高に代弁されて自分の想いに氣づく須賀

帆高だけではなく、須賀もまた頬に傷がつきます。

廃ビルの最後のシーンで、警察に囲まれた後、帆高の叫びを聞いて、助ける側に回る須賀。

 

このとき、須賀も高木刑事と取っ組み合いになり、顔を殴られ、頬が腫れる様子が描かれてます。

 

「てめえらが、帆高に触んな!」

と、一途に会いたい人に会いに行こうとする帆高を理解してるのは、同じ想いの俺だけだ、と思っているかのような台詞。

 

また別のシーンもあります。

須賀が、帆高が警察署から逃げ出したことを、事務所を訪ねてきた安井刑事(平泉成の声が最高)に聞くシーン。

 

そこで、須賀は、「人生を棒に振っても、すべてを投げ出しても会いに行きたい人がいる」という帆高の行動と想いに、今まで自分が表に出せなかった感情を見せられて癒されたのだと思います。

 

自分でも気が付かない間に、涙を流していましたよね。

 

幼さを封印した凪が癒される最後の瞬間

そして、男性メインキャストがもう1人、

凪です。

 

小学生ながらにモテモテで、女性の扱いも心得ていて、年上の帆高からもセンパイと呼ばれる凪。

 

母親を失い、姉である陽菜が自分のことを思って、バイトをしてくれてることも分かっており、

帆高と陽菜が二人きりになるように大人顔負けの気遣いを見せます。

 

クライマックスでは、児童相談所の保護室と思われるところから、彼女と元カノと作戦を立てて抜け出し、帆高のところに向かいます。

 

須賀の協力でリーゼントの高木刑事から逃れて、屋上に向かう帆高の前に立ちふさがる安井刑事。

その安井刑事に絶妙のタイミングでタックルをして、帆高を助けます。

 

このときに、凪が口にする言葉は、今までの大人然とした凪ではなく、幼さを残す子どもの感情そのもの。

 

「帆高、全部お前のせいじゃねえか!」

 

「姉ちゃんを返せよっ!」

 

です。

 

そんなことない、と頭では分かりながらも、姉を失った行き場のない怒りや不安、

悲しみを信頼のおける誰か(多くの場合は親)のせいにして、感情を思いっきりぶつける

 

叶うかどうかも分からない願いを大声で叫ぶ

 

子どもが子どもとして、素直になった瞬間ではないでしょうか。

 

叫ぶ凪の顔は、涙と鼻水でグシャグシャになっていましたよね。

 

母のいない寂しさや生活の不安があったのに、姉に心配をかけないようにずっと我慢していた。

そんな背景を感じさせる瞬間でした。

 

偽りの自分からの報復と癒しの構造

本音を言うことで、何かが壊れたり、誰かが傷つく。

そんな社会の中では、本当の感情に蓋をして、心の声を無視することもあります。

そして、自分ではない誰かになっていく。

 

そんな中、自分の想いを貫こうとする誰かを目の当たりにすることで、自らの感情と向き合わされて、思わず本音が出てしまう。

 

その瞬間に、社会との軋轢や今までの過去から報復されるように傷つき、その後、本来の自分に戻る癒しも与えられるわけです。

 

水没した東京、その後の世界を読み解く

雨が止まずに降り続ける世界を選択した帆高は、3年後(正確には2年半後)、水没した東京に戻ります。

 

瀧くんのお祖母さんを尋ねて、昔東京(江戸)は海の中にあったと、元に戻っただけだと話を聞き、

須賀からは、そんなどうでもいいことで悩んでないで、さっさと陽菜に会いに行けと言われます。

 

その言葉から、3年前に自分たちが見たものは幻だったのか?

この世界は自分たちの行動には関係なく、雨が降り続く世界だったのか?

 

と、自問する帆高ですが、空に向かって祈る陽菜の姿を見た瞬間、自分と陽菜の行動が世界を変えてしまったことを確信します。

 

青空よりも陽菜という人を、大勢の幸せよりも愛する人の命を選び、世界は変わってしまった。

しかし、どんな世界でも二人なら大丈夫、ということで物語は終わっていきます。

 

大雨が続いても、生活も続く

3年後の東京では、須賀の会社は成長して、スナックの居ぬき事務所から、しっかりとしたオフィスに変わっていました。

スタッフも雇って仕事をバンバンしている様子。

 

ホワイトボードには、「体制」という文字が書かれ〇をされ、強調されていました。

 

この体制というのは、社会の仕組みでもあり、ときには個人の想いを潰してしまうものですが、

須賀はそこにも上手く折り合いをつけた大人として、成長したことが描かれています。

 

娘とのデートも上手くいっているようでした。

 

帆高が拾った「猫のアメ」も太ってでっかくなっていましたね。

 

太っているのは、豊かさ(食べるものに困っていない)の象徴でもあると思うので、水没した東京が決して悲惨な世界ではないことが分かります。

 

造られた物は廃れるが自然は廃れない

物語のカギとなる場所、鳥居と社のある廃ビルの屋上、あそこにお盆のお供え物である精霊馬がありました。

 

朽ち果てたビルとは対照的に、屋上に生える雑草や小さな花も、精霊馬のナスやキュウリも常に瑞々しく描かれています。

 

くすんだ灰色のビルの中に、わずかですが、溌溂とした色彩豊かな自然があります。

 

そして、3年後の東京で、陽菜と出会う前の帆高が聞く、通りすがりの人たちの会話。

「超ポジティブ~」、

「週末の花見が楽しみ」、

という台詞を見ても、気候が変わり水没した東京でも、人は生活を楽しんでいることが分かります。

 

人が作った建物は水没したり壊れたり廃れてしまいます。

しかし、人は本来、自然な存在ですから、天気が変わったとしてもその世界にも慣れて楽しみながら生活できる。

 

それが示唆されるシーンであり、1つの希望として描かれているのではないでしょうか。

 

新海誠監督の狂気?これがマジなら超面白い

最後の最後になりますが、これ本当にそうだったら最高に面白いという話です。

 

天気の子が公開されてからある噂が流れています。

それは、あるジブリ作品にシーンが似ているところ。

 

最後の、帆高と陽菜が空をくるくる回りながら落ちていくシーンは、「千と千尋の神隠し」で、千尋と白のシーンと似ていますよね。

そして、天気の子でも白に似ているおかっぱの美少年が出てきます。

 

そうです、凪です。

凪は白に似てるんです。

 

二人の太陽神、天照と饒速日

神話の話に戻りますが、太陽神といえば、天照大神(アマテラスオオミカミ)ですが、男性の神様であったとする説もあります。

それが、重ねられているのが饒速日(ニギハヤヒ)です。

 

『古事記』では邇藝速日命、『日本書紀』では饒速日命、『先代旧事本紀』では饒速日命の名称以外に、

別名を天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊(あまてるくにてるひこあまのほのあかりくしたまにぎはやひのみこと)、天火明命(あまのほのあかりのみこと)、天照國照彦天火明尊、胆杵磯丹杵穂命(いきしにぎほのみこと)と表記される。

他の別名として、天照御魂神(あまてるみたまのかみ)、天照皇御魂大神(あまてらすすめみたまのおおかみ)、櫛玉神饒速日命(くしたまのかみにぎはやひのみこと)がある。

wiki@ニギハヤヒ

 

ニギハヤヒは物部氏や尾張氏、海部氏の祖神ともみなされていますし、神武天皇が日向から東遷するより以前に、畿内地方にすでに入って地域をまとめていた大王とも言われています。

 

諸説あって、真実が何なのかは僕も分かりません。

 

が、古事記が編纂されて以降、スポットライトを外された神、もしくは重要人物であったと考えられます。

ここは瀬織津姫と同じですね。

 

千と千尋の神隠しの「白」と天気の子の「凪」が似ている理由

「千と千尋の神隠し」は名前を盗られて、使用人として使われる話です。

「白(ハク)」の本当の名を覚えていますか?

 

僕は、当時こういった神話を調べていたので、たまたま記憶に残っていたんですが、ニギハヤミコハクヌシなんですよね。

 

ニギハヤ「ミ」で、ニギハヤヒとは一文字違いますが、宮崎駿監督がなぞらえているのは間違いないでしょう。

そして、これまた白龍なんですよね。

 

それも踏まえた上で、凪のキャラクターを作ったとしたら、アマテラス=陽菜、ニギハヤヒ=凪として、兄弟で太陽神をなぞらえた構図になっています。

 

新海誠監督の作品は、「星を追う子ども」でも、ジブリ作品のシーンと似すぎていると批判も出ていました。

それも織り込んでメタファーとして使っていたとしたら正に狂気(天才)ですね。

 

自分でも深読み過ぎると思いましたが、わずかの可能性(なんの?)に賭けてみたいと思います(笑)

 

息苦しい世界が開ける2つの条件

雨、雨、雨、、、と、どんよりとした息苦しい世界観が描かれている天気の子。

結局、物語は雨が降り止むことはありませんし、東京も水没します。

 

が、最後の最後、二人が出会ったその瞬間は快晴にも勝る最高のエンディングでしょう。

それは、帆高が自分の素直な想いを貫いて得られた結果です。

 

そして、もう1つ。

良いシーンがあります。

 

東京に戻った帆高が須賀に呼び止められて、声をかけられるシーン。

 

「まぁ、氣にすんなよ、青年」(少年から青年になってます)

世界なんてさ―――どうせもとともと狂ってんだから

と、今までの世界を否定することで、今を肯定する須賀。

 

ここからは、大人が持つ余裕と楽観性が示唆されます。

 

素直な気持ちを貫く勇氣と、「どうにでもなる」と思える楽観性

 

この2つがあれば、どんな世界になったとしても幸せにやっていけると思いませんか?

素直な氣持ちを大事にして、楽観性を持って、前に進んでいきましょう。

 

長文になりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございます。

転載や引用、シェア歓迎です。

 

最後はこちらで。

 

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1981年生まれ、元看護師、青年海外協力隊として発展途上国での活動で常識が大きく変化し医療の限界も痛感。人が健康に生きるには自然な食べ物や環境が大切だと氣づく。帰国後、潜在意識や量子力学について学びコーチング・コンサルティングを行う。好きな食べ物はから揚げ。